編集後記

「修飾活動」

 毎朝通る家の梅の木が満開になり、ほのかな香りを辺りに漂わせている。梅の香りに誘われてしばしの観梅だなんて悠長なことはしておれない、そそくさと通勤の歩測を早める。中野稲門会は発足して2年目の春を迎えた。今年は役員任期改選の年。事務局は次期総会に向かって準備でおおわらわ。▼先日、地下鉄日比谷線の電車が「競合脱線」を起こした。まだ、その原因が奈辺にあるかわからずにいる。電車に乗っても、座席に座っていいものかどうか判断に迷う。しかし、どこに乗っても危険であることに変わりはない、と意を決して座ることに決めた。▼御茶ノ水駅から乗りこんできた若者が、狭い座席のスペースにどかっと腰を下ろした。周囲を見まわして、鞄から取り出したのが何と「履歴書」だった。当方も見て見ぬふりして見ていた。一見してフリーターらしき人物だった。頭髪はもじゃもじゃ、顎の下に申し訳なさそうなカビがちょびちょび、服装は皮ジャンのよれよれ。救いは茶髪でなかった。耳輪、鼻輪、口輪、指輪をつけてなかったことだった。どうやら、これからどこかの社へ応募に行くらしい。膝の上に先刻の書類を載せ、どこかで撮ってきたと思われる写真に鋏を使わずに器用に折り曲げて手でちぎって履歴書に貼っていた。若者のこの行動は、私にはとても理解しがたかった。▼この時期、就職戦線は始まっている。自分を売り込むためにもっと何かをアピールする必要があるのではないか。まさか先ほどの若者のような履歴書が、そもそも「エントリーシート」(就職志望書)ではあるまい。これは企業の新卒採用に応募するとき、自己PRとか志望動機を記入する書類をさす。自分をPRするのにわざわざ手でちぎった写真を履歴書に貼付したとは思いたくない。若者は新宿駅で下車していった。まさに「修飾活動」なるものを目撃した一時であった。
                                  (岩井 信)

【お知らせ】

いつも編集後記を担当して下さっている岩井先生の共著「世界史を変えた100通の手紙」(日本実業出版)が出版されました。

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